不登校だったけど、なんとか生きてる

社交不安障害が寛解したような会社員のひとりごと

社交不安障害経験者としてミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』を観劇した感想

今でこそ、寛解はしているけれど

(元)当事者として、作品で表現される"社交不安障害"について、感じたことを残しておこうと思って。

 

上演期間が終わったようなので投稿してみる。

特定の役者さんについての良し悪しを言うつもりがないことは前置きしておく。

 

前提

私は小学生〜大学生の歳の頃まで、社交不安障害だった。

特に症状が酷かったのは小学生〜高校生の頃だと記憶しており、その後は徐々に寛解していったような、そんな感覚がある。

 

元々、今回観劇したミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』の原作やあらすじは全く知らなくて。

でも、ミュージカルの告知がXのタイムラインにおすすめとして流れてきたのを見たんだったかな。

ネット上で何を見て認識したのかは忘れたけど、

  • 日本版ミュージカルが上演決定したこと
  • 主人公が社交不安障害を患っていること

上記の情報を認識して、

「これ絶対観に行きたい」と思った。あとダブルキャストのうち吉沢亮がいたし。生で顔面国宝、見たいじゃん。

 

だからチケット発売日をカレンダーに登録して、

発売当日になったら先着のチケット競争に挑み、

柿澤勇人さん回のチケットを無事に購入した。

吉沢亮さん回は逃したけど、私が惹かれた一番のポイントは「主人公がSAD持ちである」という点だったので、あまり気にしていない。

 

主人公が社交不安障害持ちの作品について、私はまだ出会ったことがなかった。

だからシンプルに嬉しかった。作品のテーマにされると、少しでもその名前を聞いたことある人が増えるから。

たとえ共感や理解はできなくても、関心を持ってもらうきっかけになる。

この主人公はどんな風に生きているんだろうと、仲間を見に行くような気持ちだった。

 

ということで、以下、

主人公の"社交不安障害"に関する部分に焦点をあてて観た感想のみをば。

 

 

まず観ていて感じたのは、主人公(エヴァン)がかなりオドオドしていて、自信がなさそうに見えたこと。

 

もちろん、社交不安障害といっても症状には個人差があるだろうと考えてるから、社交不安障害の人はみんなこう、とは思わない。

あくまで、この作品に描かれているエヴァンという一人の人間の症状として受け取った。

 

ただ、吃音や人と目を合わせるときの不自然さ、落ち着きのない様子を見ていると「社交不安障害だけでは説明できない別の何かもあるのでは?」という印象があった。

もちろん私は医師ではないので診断はできないし、作品の中で明確に説明されているわけでもないので、あくまで観客としてそう感じただけ。

 

一方でこれめっちゃ分かると思った描写もかなりあった。

じんわり手汗をかいているような感覚になることに対して「汗はかいていない」と自分に言い聞かせているところ。
あれめちゃくちゃ分かる~~~

 

あとエヴァンが書いている「自分への手紙」についても、私は治療の一環として同じことをした経験はないものの、なんとなく認知行動療法っぽいなと感じた。

自分の不安や考え方を言葉にして、それに対して自分自身に働きかける。なんとなく分かるなと思った。

 

薬を飲んでいる描写もあったけど、あれは抗不安薬やSSRIなのかな。薬については作品内で詳しく説明されていなかったので分からないけど。

 

あと友人と自然に電話で話しているのを見て「このくらいのコミュニケーションは普通にできるレベルなんだ」とも思った。

ゾーイに対してもキスしかけるくらいの行動力?はあるし。でもまだ距離感掴めてない辺りは人間関係築くの下手なの出てるよね。あのシーン気持ち悪かったもん。

 

少なくとも、エヴァンの場合は対人関係全般への恐怖というより、特定の場面で人から評価されることへの恐怖がかなり強いのではないか、という印象を持った。

 

つぎ、物語の中でエヴァンが嘘をついていくことについて。

最初は「この人、息を吐くように嘘つけるのすごいな」と思った。

ただ、これは、人と話すこと自体が怖いから嘘をつく症状があるというよりは、一度人との会話を始めてしまえば、そこから先は彼自身の性格による部分が大きいのかな〜とも感じた。

臆病で自信がなくて、でも相手を傷つけたくないから、結果としてその場を取り繕うために嘘を重ねてしまう。

 

ただ個人的には、それを「優しさ」と呼ぶことには少し抵抗があった。

嘘をついている時点で、本質的な意味での優しさとは違うんじゃないかと思った。

 

あと、やっぱり一番分かると思ったのはスピーチの場面だった。

言葉に詰まる感じ。

手汗を服で拭いてしまう感じ。

メモの順番を間違えてしまう感じ。
そしてその一度の失敗をきっかけに、すべてが狂っていく感じ。

 

特に刺さったのが、スピーチに失敗したあと、その失敗を大勢の人に見られたことを認識して、エヴァンが暗闇の中へ後ずさりしながら情けなく嗚咽するシーン。

スピーチ嫌すぎて家で泣いてた頃の私かと思った。

 

全体を通して、

  • エヴァンには社交不安障害だけでは説明できない特徴があるように感じた
  • 全般的な対人恐怖ではなく、スピーチ恐怖(場面が限られている)が強いと感じた。
  • 吃音や自信のなさそうな感じは、私には社交不安障害そのものというより、それに伴って現れている特徴のように見えた

という感想を持った。

 

社交不安障害の主人公が気になって観に行ったミュージカルではあるけど、やっぱり社交不安障害といっても一概に言えるものではなく、これはエヴァン・ハンセンにしかないストーリーだなと思った。

まあ人生ってそういうもんだよね。

 

あと本題と外れるけど、めっちゃ歌上手かった。

すごいな、ミュージカルって。

絶好調からの絶不調

2026年上半期は人生において一番ハッピーだったんじゃなかろうか。

 

なんといってもパートナーができたこと。

もちろん書面で契りを交わしたわけではなく、単に交際をしているわけだが。

 

考えられないんだよ。

昔の、少なくとも6年ほど前の私からすれば。

私だけじゃない。家族も友人も、当時の私を知ってる人はみな驚くだろう。

なんせ未だに異性の友人はいない。

ただインターネット上でチャットをする人はいるが、学生時代からの異性の友人などがいない、私には。

でもそれでも不自由はなかったし、今だってない。

 

パートナーとはいわゆるマッチングアプリで出会った。

トントン拍子に事が進んで、もうすぐ1年だろうか。

 

ありがたい。

後述するが、最近私が絶不調なのにも関わらず、変わらず接してくれる。ありがたいことこの上ない。

 

このブログでノロケたいわけではないが、浴衣を着て花火大会に行く、などという青春のようなものを初めて味わった。花火以上にその事実が私にとってはエモかった。

 

仕事も安定していた。

まあ、前回の記事以降も時々休むことはあったかもしれないが、そんなものは微々たる不調であった。一晩眠れば解決するようなものだった。上半期で大きく泣いた記憶も病んだ記憶もない。

 

いや嘘。冬は少し不安定だったかもしれない。

春以降がとても安定していた。

 

それなのにどうした!?

 

今月、いや先月半ばから不調が始まった。

元々プライベートと仕事のストレスはあった。

でも色んな事情が重なって、どうにもならない状態だった。どうにかしたいのにどうにもできない。誰に助けを求めるべきかも分からない。誰なら解決できる?私自身の問題もある。家族の問題は過去に私が聞いてもあまり意味がなかった。仕事はどうか。環境を変えたら少しはマシになるかもしれない。でもその環境を変えるにはプライベートの問題と少し因果関係があった。

私にはどうしたらいいのか分からなくなった。手詰まりだ。

 

最初はなんとなく朝起きられなかった。まだ寝ていたいと思った。

一般的に許される休み方ではないと思う。でも自分の中で、朝起きられなくなることになんらかの理由があるのは自分の経験則から感じ取っていた。だから限界が来る前に休むような感覚であった。

 

でも限界が来たのかもしれない。

そりゃそうだ。なんの問題も解決できていないのに、毎日を進めていた。進めるほか選択肢が思い浮かばなかった。手詰まりだから、自らパスを続けていた。

 

ダメだった。

またダメだった。

 

なんで行けないんだろう

仕事休んで寝てるだけで何してるんだろう

休んだら仕事が溜まっていく一方なのは理解しているのに、それでも現実逃避がしたいらしい

 

不登校の頃を思い出した

気持ちはすべてあの頃に戻ったようだった

 

どうしてみんなのようにできないのと自責の念に駆られ

ごめんなさい、うまくできなくてごめんなさいと誰かに謝る自分と

それはそれは不登校の時に幾度となく脳内で見た光景だった

ひとつ違うとすれば、「ごめんなさい、うまくできなくてごめんなさい」と投げる相手ができた

チャッピーは「自分を責めなくていいんだよ」「今は休んだ方がいい」「目を閉じて」と言った。

 

またか

こんなこと繰り返してたって無駄なことは、頭では理解している

でももう正解を考える力がなくなっているのも同じだった

もうなにもわからないんだ

 

休み始めた時は「すべてから逃げ出したい」と少し思った

休みからうまく抜け出せなくて「消えてしまいたい」と思い始めた

行くことをほとんど諦めて「私が死んだらよかったのか」と思った

 

飛躍しているのはわかっている

久しぶりに死について考えた

馬鹿げている

でもそんな馬鹿げていることを真剣に考えてしまう

 

でも冷静な自分は「私が死んだら他の人の選択肢に死が増えるからそれはダメ」だと言っている

至極まともである

コイツについていくべきだ

 

わかっているのにわかっていない

わかりたくないのかもわからない

 

ただなにも考えたくない

 

 

 

病んだ時の対処法を忘れてしまった。

昔の私はどうやって乗り越えていたっけ。

ここから社会に復帰ってできるっけ。

 

とりあえず金曜日にメンタルクリニックへ行く。

その際、医師に見せる用の資料は作成した。

なんだそんな元気あるんじゃん。じゃあ大丈夫だろ。

 

わからないよ

 

ずっと寝てたいんだ

 

 

パートナーにはとても申し訳ないと思っている

こんな簡単に病む人間を見るのは初めてだろうか

 

どうだい初めて見るタイプのニンゲンは

おもしろいだろう

こんなニンゲンにはなっちゃいけないよ

反面教師にするんだね

 

なんつって

思考が溢れて止まらないなあ。

社会人生活10ヶ月が経過

なんやかんや仕事は辞めていない。

 

前回の記事のときは久しぶりにとても落ち込んでいた。

でもこれでもう自分の気分サイクルというか、把握できた気がする。

 

私は生理約1週間前から主に精神面でグチャグチャになる。普段なら何も気にならないことが気になるようになる。

食欲がめちゃくちゃ増す。眠気も増す。

朝起きられなくなる。

それを抗不安薬で軽減してる。無くなりはしないが、飲まないとボロボロになってしまう。

 

このせいで、社会人になって、現場に配属されてから最低でも月1回は休んでしまっている。

でも上司や同僚が大人で、優しいので、休みがちな私にきっと思うことはあれど、面と向かってネガティブなことは言わないでいてくれる。心配と、あとは仕事に関わる話だけ。

仕事に関しては少しネガティブに思うところがあるのだが、職場の人間関係に関してはとっても気が楽だ。この環境を逃したくないと感じる。

 

少し話は逸れたが、自分の気分の浮き沈みが発生する周期?が掴めてきた気がする。

掴めた気がするだけで、まだうまくコントロールはできないので、これから頑張っていきたい。

 

あと、小学校高学年から不登校になっていたの、もしかして生理前のホルモンバランスの乱れが関係しているのではないかと少し思っている、最近。

もちろん当時は社交不安障害の症状がもろに出ていたが、よくよく考えてみれば

・不登校になったのは初経を迎えたあとである

・専門学生の頃、毎月のように情緒不安定になっている(そのとき母に指摘されて初めて自覚した)

これ、全部ホルモンバランスで元々私が持っている不安特性が増幅でもされていたのではないか?(現在進行形でもあるが)

 

なにか診断を下されたわけではないので、憶測に過ぎないけど。

 

休みがちな自分にはもちろん自己嫌悪するから、どうにか脱却していきたい、今日この頃

就職したはいいものの

疲労困憊。

 

 

なにが、不安障害をオープンにして就活だ。

なにが、社交不安障害が寛解しただ。

 

結局変われない。

うまく生きられなくてごめんなさい、と、ここ数日ずっとぐるぐるしていた。

 

誰に対する謝罪なのかもよくわからない。

 

誰にも迷惑をかけずに死ぬ方法ってないのかなって考えたのだけど

死ぬこと自体が迷惑になってしまう

遺体の処理、遺品整理、死ぬ手段によっては遺族への賠償請求など

 

もう訳が分からなくなって、どうせ迷惑かかるならどんな死に方選んでも一緒じゃんとか思ったりして

 

自分でも脳がバグってるのは分かってる

生きても死んでも迷惑かかるなら生きた方がマシなこと

マシどころか自ら死に急ぐ必要なんてないこと

分かっているのに気が狂ってるから死ぬことしか考えられなかった、ここ数日

 

死ななければと思うのに結局死ぬ勇気のない自分も判明して情けなかった

「死ぬ勇気がないわけではなくて、行動に移してないだけ」ってずっと思ってた

でも死ななきゃって思いながら時間かけて外出る支度して、

「どこでどうやって死ねばいいんだ」「死ぬためには外に出ないといけない」「しんどい」「死にたいけど動くのがキツすぎる」みたいな

結局玄関前でべそべそしながら座り込んでしまって

不登校だった時のことを思い出した

 

まあここまで色々書いたけど、なんやかんやでメンタルクリニック行ったら

年単位で服用してた抗うつ薬を飲み切って、勝手に断薬してしまった影響が大きいのでは、ということになった

 

自業自得である!

 

以下、言い訳

治ったと思ったんだよ

社交不安障害の症状ほとんど出なくなって

なんかホルモンバランスが崩れる時だけ自分の感情がコントロールできなくなるなっていうのは3年くらい前から自覚し始めたけど

病院でホルモンバランス整えてくれるような薬処方してもらったら私の憂鬱の方が強すぎてどうやら効かなかった

でもまあ元々心療内科で処方してもらってた抗うつ薬は社交不安障害に対してのものだと思っていたから

「症状ほとんど出てないから薬やめたいです」って診察時に伝えたこともあったけど

「今は薬で安定してるだけで、また症状出るかもしれないし」ということで減薬とかにも至らなかった

そもそも仕事始まったことで心療内科に通いづらくなったし

予約も電話しか受け付けてないところだったから

しんどい時にはハードルが高かった

 

自分が飲んでる抗うつ薬は比較的やさしい、効き目が弱いやつって見聞きしてたから

私の症状自体も軽いんだろうし、離脱症状なんて他人事なんだと思ってた

 

そしたらめーーーーーーーーーーーーーーーっちゃしんどくなった

 

・起き上がることができない

・お腹が空いてるのは分かるけど全然入らない

・食べる動作がしんどい

・座ってるのもしんどい

・頭が詰まった感じ

 

今思い出せるのでこれくらい

そう、なんか今年の夏頃から記憶力も低下した気がしてる

なんでだろ?

 

ていうか身体症状あんまり出ないんだよね

頭痛とかめまいとか、そういうの

 

気持ちの問題、気の持ちよう、病は気からっていうアレかな?とか思って

泣き止んで「よし!美味しいもの食べるぞ~!」って口に出して笑顔にしてみるんだけど

あげた口角も勝手に下がって泣きながら「オイシイモノ、タベルヨ…」って言ってて、我ながら頭おかしいなと思った

 

なんかそうやって俯瞰で見てる理性的な自分もいて

だからますます、思考と行動が上手く結びつかないことが訳わからなくなってた

 

あ、ドラマとか音楽、家族の声さえも刺激的でしんどかったな

 

記事も書きたいな~とずっと思ってたけど書き始めるの億劫で、

とりあえず思いつくままに書いているから

全然読ませる文章になってない自覚はあるけど、まあ、備忘録ということで

 

 

最近の話し相手はチャッピー

会社員になったよ

不登校が、不安障害持ちが、会社員になった。なれた。就職した。

 

いやあ人生どうなるか分からんもんですね。

不登校になってお先真っ暗だと思っていた当時の私に教えてあげたいよ。

あなたも就活した上でちゃんと就職してるよって。

 

なんなら、会社でプレゼン褒められてるよ。

人前があんなに苦手だったのにねえ。

手足や声が震えたり、赤面したり、今はほとんどないや。なんでだろうね。

 

私は緊張したら手が冷たくなることに気づいたから、緊張しそうな時はひたすら手をほぐすことで少しでも緊張が和らげば、と思ったりして。

自分なりの緊張のほぐし方というか、緊張を受け入れる方法を見つけたのが大きいのかな。

「緊張してるのは私だけじゃないし、そもそも緊張するのは悪いことではない」みたいに自分に言い聞かせることも多くなった。

 

でもさ、本当に、自分でも信じられないんだよね。

あんなに社交不安障害の症状がほとんど当てはまってたのに、今ほとんどないんだよ。

人前で立つことはもちろん、書痙もあったし、人と食事するのもほんっとーーーに苦手だった。お話しするのも苦手だったし。電話も大嫌いだったね!家族からの電話も極力出たくなかった。出るとしたら、周りに別の家族がいる状況でスピーカーホンとか。そうしたら私が話さなくても、聞いてる家族が代わりに話してくれるから。

電車に乗るのも嫌だった。どこに立てばいいかわかんないし。奥に詰めるのがマナーなのは分かってるしそうしたいけど、いざ降りるってなった時に「すみません降ります」のひとことを言う勇気もなかった。足痛くてしんどいのに座ることも恐れ多くてできなかった。座っても隣の人を意識しすぎて呼吸の仕方が分からなくなった。自分の体臭してないかなとか、ああ今変な汗かいてるなとか、自分の動きぎこちないなとか思うと余計に汗が止まらなくなって。かといって人の前に立つのも自分に視線が向けられる気がして結局呼吸の仕方が分からなくなったりして。

お店で注文するのも苦手だった。店員さんを呼ぶスタイルはもちろんできないし、食べたいメニューを自分で言うのもできないし。ファーストフード店のようにカウンターで注文するお店は店員さんからも後ろからも視線を感じながらメニューを見て注文するなんてこわくて、出来っこなくて、友達と出かけた時にそういうお店で食べることになって(もちろん友達に行きたくないとも言えず)列にいる時に必死に食べたいメニュー覚えて、カウンターでは覚えたメニューを注文して。自信がないからカウンター上のメニュー表を見たいけど、緊張で内容はなんにも入ってこなかった。

 

全部全部、こわかった。

しんどかった。つらかった。息苦しかった。

 

その時に比べたら、今の人生が楽しくて楽しくて!

もちろんしんどいこともあるけど、でも毎日1人で泣いたり病んだりしていた当時に比べたら、今は人と悩みを共有することもできるし、

なんかほんと、人生どうなるかわかんないね。

これからまた落ちる可能性だってなくはないし。

 

こんな人生歩んできたから、こんな人生しか歩んできてないから、「不安障害だったことはマイナスだから言わない方がいい」なんてアドバイスされても、うるせ〜!!って思っちゃう。

当時の"対人が苦手"という面影がないであろう私が損しないようにアドバイスしてくれる人がいるのもわかるけど、本当にうるせ〜の!余計なお世話なの!

ひとの人生を勝手にマイナス扱いするな。

 

なんか最後は愚痴っぽくなっちゃったけど(近年そういう風に言われることが何度かあって…)、

今は人生たのしい!

 

生きててよかった!

3年弱続けたバイトもうすぐやめる話

1日1記事なんて縛りはないので、もういっちょ!

 

sasamitaro.hatenablog.com

この時のバイトを結局3年弱続けて、

来月上旬に就職のため辞めさせていただくことにした。

 

今の気持ちとしては

「早く辞めたい!!」

がいっぱい。

 

でも、バイトが嫌だったかと言われると、全然そんなことはなくて

むしろ良い人ばかりですごく大好きな職場だ。

もちろん嫌な客はたまにいたり、いなかったりしたけど。

 

早く辞めたい理由としては、バイトと学校の毎日で、とにかくここ数年は丸一日休みの日があまりなかったので、連休を味わいたいというだけ。

 

元々不登校だった奴が毎日外出してるんだぜ?信じられないだろ。

 

バイト先はとっても居心地が良かった。

私は、根は真面目だけど積極性に欠ける部分があるから、私のその部分が気になってるバイト先の人は正直いると思う。

でも根の真面目さのおかげか、学生だからか、割と甘めに見過ごしてもらえてきたな、と感じている。良くも悪くも。

あ、あとずっと年下だったのもあると思う。私より後に入ってきた人も数人いるけど、全員年齢は上だった。

 

だから社会人になるのちょっとこわい。

環境に甘えてきた代償を受ける気がする…

まあ仕方ないけどさ!

それが社会人になるということなんだろう。

 

それはそれとして。

 

バイト辞めるの、さみし~~~~~~~~~!!

 

だって皆さん優しいんだもん。

話してて楽しいんだもん。

あの環境にいたら仕事振ってもらえるし、自分の存在肯定されるし、

頼られるし………

 

辞めたいけど、辞めたくな~~~い!!

いや辞めたいんだけど~~~!!

 

はあ。(深呼吸)

 

今更とやかく言っても就職は決まったことなのでね。

辞めたい気持ちはあるし、辞めるのを撤回するつもりはないけど、

もし就職先が合わなかったら戻ってきたいくらい、あったかい職場だった。

 

面接行った時、想像以上の人数の多さ、勤務場所の広さに圧倒されて、

「働こうとする場所間違えたかな」と思った私へ

 

大正解だったよーーーーーーーーー!!

 

今度、送別会あるんだ。

寂しいけど楽しみだなあ。

もうすぐ学生を終える話

やっ

 

 

 

と、ここまできた。

 

残るは卒業式のみになった。

 

1年から2年くらいまではコロナ禍でオンライン授業の日々だったけど

3年から4年の前半までは対面授業になって学校やクラスメイトの酷さに気づいた日々だったけど

4年の後半からは一緒に過ごす人たちが変わって登校が憂鬱じゃなくなった日々だったけど

 

それもこれももうすぐ終わり!

スッキリだ。

やっとだ。

4年間長かった。

 

本当に4年の前半まではすぐにでも退学したいくらい辛かった。

居場所がなかった。

さっさと卒業したいと思っていた。

話の流れで交換したLINEもなにもかも、学校に関連したものはすぐに捨ててやるつもりだった。

 

でも後半から楽しいこともあった。学校が「毎日通えばいいんでしょ通えば」くらいの気持ちで受け止められるようになった。

それもこれも、常日頃一緒に過ごす人たちが変わったからだ。

人間関係は大事ですね。

人の悩みのほとんどが人間関係によるものって言うもんね。

選べるなら選んでいこう、付き合う人間

 

(標語みたいになった)

 

 

音楽聞きながら文章書くと全然まとまらないや

 

よく頑張ったなあ自分

 

もちろん周りの人たちの支えや学校の先生方のおかげはもちろんあるよ

 

あるけど、それはそれ、これはこれ

 

次は社会人が始まるなあ

 

私の人生第二章突入!